Webで空気なんて読めね〜よ

ニコニコ大会議なるものが開かれたらしい。

ニコニコ大会議は、ネットとリアルがシームレスにリンクした稀有な場だった。匿名コメントと生身の人間が直接つながったとき、われわれはどうふるまうべきなのかを、改めて考えさせられる場でもあった。

ニコニコ大会議で行われた「リアルタイム中傷」 - ITmedia NEWS

なんかこれを見て、「いじめだ」とか「いじめじゃねーよ」とか言い合ってるのを良く見るから、僕の意見でも書いてみようと思う。

前に書いたけど、Webのいいところは匿名で誰が言っているかが分からないというところがあると思っている。ただ、匿名ということにあてつけて文句だとか非難だとか中傷だとかを書きやすいってのはあると思う。はげてる人を目の前にしてはげって言うのは非常に難しいことで、それこそ空気を読まないと大変なことになってしまう。

それで、Web上でよく「空気読め」とか書かれているけど、あれって空気を読んでいるわけじゃなくて、それまでの流れを読んでるだけだと思うんだよね。文字だけで空気を読むなんてことは全く持って無理だと思う。空気ってのはその場にしか流れていないもので、話している人の機嫌や動き、周りにいる人たちの喋り方、環境、気温などなど色々な要素が複雑に絡み合って形成されているものだと思う。同じことを同じ人に同じ人が言っても全く違う結果になることもあるわけで、それをきちんと考えた上で発言するってことが空気を読んで発言するということなんじゃないかと思う。

ということは、Web上で空気を読むなんて出来るわけがないんだよね。空気を読むための情報量が少なすぎる。

画面を目の前に喋っている人がいて、それを見ただけの人が発言すればその会場に流れている空気を呼んだ発言なんて出来るわけが無い。「はげ」って書かれて笑っている環境があったという客観的な事実は分かるけど、画面だけ見た人は笑い声とか発言している人の顔とかWeb上の文字とかで空気を判断して書き込みを行うわけで、それじゃあわけの分からない言葉の応酬しかできないんじゃないの?それを「いじめ」だとか「いじめじゃねーし」とか言っても会場の空気を感じて無い人が判断することは無理なんじゃねーの?

ニコニコ動画とかで発言が面白いとかいってるけど、それは空気を読んだ発言をしているから面白いわけじゃなくて流れを読んだ発言をしているから面白いってだけ。動画だけ見て空気を読むなんて出来るわけが無いと思う。テレビとかだと空気を肌で感じている人しか発言できないからそれなりに空気を読んだ発言を出来ると思うんだけど、Web上で気軽に発言できるようになったら空気を読んでいない発言がどんどん出てくるんだろうなぁと思う。

空気を読んだ発言というのは万人受けして人をあまり不愉快にはさせないけど、空気を読まない発言というのは万人受けしないから人を不愉快にすることは多いんだろう。まぁ、テレビやら動画やらでコメントをかけるって環境だけ作って、みる人は見ればいいし見ない人は見なければいいっていうのが一番いい解決策な気がする。コメントを面白いって思う人とコメントを面白くないって思う人は両極端な性格の持ち主で決して交わらなくて、その人たちが「いじめだ」とか「いじめじゃねーし」とか言い争うということは非常に無駄というのが僕の結論だ。